何から書き始めたらよいのか、週刊文学文芸の編集長としての責務をずっと放り出して、かれこれもう数年になるのだけれども、未だに日記を覗いていてくれる、僕の知り合いか或いは全くの他人なのか、が、数人いるみたいだ。
ああ、
僕は今、人生を止めている。と言っても時間は止まってくれるわけじゃなく、年齢の数字ばかりがひとつ、ふたつ、みっつ、増えてゆき、白髪の数も一本、10本、100本(こっちは加速度的だ)、僕自身の時間とは相対的に動いて止まない。
宇宙は広がっているのだそうだ。それは時間というものが生まれる前(時間というものが無いのに前も後もないものだが)、僕は止まっていた筈だ、当たり前だ、時間が存在しない宇宙すら存在しない、僕も存在しない世界だ。止まっていたというより、存在しなかったわけだ。
僕が生まれたのは西暦1965年、つい、最近のことだ。でももしも人間という存在が物質である以前にある何かなのならば、それは多分時間が生まれたと同時に僕自身も生まれていて、ずっとずっと、止まることなく存在し続けて、この瞬間に至り、更にこの先も宇宙が膨張を止めない限り、ずっとずっと、存在し続けて行くのだろう。
エントロピーは増大する、熱力学の第二法則。可逆性はない。
すべては熱エネルギーに変化し、元のエネルギー源に戻ることはない。
質量は保存されているのではなく、質量そのものが全て同じように膨らんでいるから、物差しも、時間も、同期して膨らみ、膨らみ、膨らみ、やがて臨界点に達し、時間もまたバブル崩壊と同じように、止まってくれるだろう。
時間よ、止まれ。
僕はもう歩けない、走れない、おまえには追いつけない。
SGのみなさん、人間革命も宿命転換も、来世で必ずやりますから、
どうか今世では、棚上げにさせていただけませんでしょうか?
って、そういう訳にもいかねえか。
現状維持だけを望んでいても、宇宙の膨張は止まらない。つまり僕が止まれば、僕の存在は相対的に縮小して行く一方っていう、スンポウだ。
shits!
また、とぼとぼと、僕は歩き出した。